歌集【無焔火】その3

    平成6・7・8年

      ほ ざ く な  

自由を捨てて宮中に嫁ぐと報道す訪問者をいきなり撃つかの国は

渡米してものを聞き機嫌とりくるは江戸に通ひし外様に似たり

領土は問ふなと声を荒げる顔つきにアル中の噂本当と思ふ

核廃棄物を日本海に平気で捨てながら迎賓館に来て握手してゐる

列島を改造すると聞きし時は天地をつくる神かと思ひき

年俸が一億二億とほざきをり野球選手が好きな野球をして

      倅

登校拒否の子を扱ひかね暗き家に帰るはつらし帰るほかなし

家々の浄化槽臭き路地帰るこころを病む子がこもるわが家へ

声震へ説得できずなさけなし出て行け出て行けと子を怒鳴るのみ

怒りあらはに叱りぶん殴り幼児期より育てればよかったと今わが悔やむ

香港より帰りし娘こころ病む倅家族揃へどそれぞれの部屋に

テレビを消せ話しかけるな静かに歩け音に過敏な吾は病気かもしれぬ

窓なべて開け放ち明りを点しをり退学した汝の初出勤する朝

午前四時魚屋の勤めに出る姿は自閉症で退学した弱き子ならず

帰るやいなや魚屋の匂ひして寝ころぶ子疲れゐるらむ着替もせずに

     正月前後(平成六年) 

雨雲に隠れて天辺が見えぬといふ都庁のビルを見たしと思ふ

焼却後の灰と金属とガラスとを分かつ作業がどうしてできぬ

誤配伝票訂正理由報告書役所の如き書類ふえたり

ゴミの出し方を監視し注意する当番自治会の陰湿な役目あたりぬ

わが子ほど若き係に配車されまた味噌を積む今日四回目

どんな仕事でもやりますと置かれし履歴書に我より四歳年上と知る

耳を病み体傾く錯覚あり走らすトラック左へ寄りゆく

コンベアの速度今日より速められ味噌の荷を積む手首がたるし

解雇をおそれ上司にへつらふ勤め方予想せざりき職変へし日に

雷鳴りて降り始めたる雨匂ひ登りし峠にトラック休ます

      待ち時間 

トンネルの出口まぶしく眼くらみ失神しさうな感覚こはし

痛む腰を浮かせかばひて運転す梅雨の季節は懐炉を入れて

欠勤歴は腰痛二回コンピュータ―にわが名番号化され記憶さる

製造待ち品揃へ待ち順番待つこの待ち時間は勤務とならず

汚れのない服着て来いと言はれたりゴルフ場のレストランに味噌を納めて

      暑中寡作(平成六年) 

友無き我が友を持てとぞ子を諭す今年の梅酒を注ぎあひながら

生き物を殺す仕事ぞ魚屋が楽しい仕事である筈がない

転勤辞令を受け取らず辞めゆく彼羨し兼農ならば我もさうせむ

待たされて何も為さぬは急かされて荷を積む時より深く疲れる

不妊手術声帯除去の手術受け隣家の犬はにはかに老けぬ

被爆実録映画は式典の演説より反核の心を新たならしむ

僅かづつ僅かづつ進歩してゐると励まされたか見限られたか

      8 0 1 0 3 

傭車削減を迫り言ひくる人憎しどうしても憎し職務とは知れど

事故でいつ死ぬかもしれず身辺を整へ働く運転手我は

人減らしなほ手ぬるしと責めたてられ遂に自ら職退く上司は

スピードに恐怖感いだく歳となり警報鳴るたびアクセル戻す

スピードを好む若者君と乗りわが運転ははがゆがれゐる

若きらより配達早く誤配なし積みたる自信が煙たがられつ

コンピューターの801番我の事03は仕事ぶり並の下の意味

「お父っつぁん」と親しみくれし若者は運転手の仕事を見切りて去りぬ

      性格変はらず

屯する若者の会話にとけこめずトラック洗ひつつ積込指示待つ

地震の前兆は全て事後に語られて予て役にたちたる例なし

誤配しても注意されざる寂しさは退き時せまりし思ひにつながる

予想される苦情に幾通りもの言訳を指示されて行く五十歳われ

五十歳過ぎたれば乗務外れよとこの度は本社から来てえらい人が言ふ

こちらから詫び出づるなと事故処理の内規をおどおどまもりぬきたり

エンジンを空ぶかしして憂さ晴らししてゐる我と気づき恥づかし

      安堵の罪

知ったかぶりして何ほざくかと思ひつつ運転できぬ上司の訓示聞く

上司への不満ゆゑ若者は辞めたりと上司たる人に報告し難し

軒下を汚すと燕の巣を払ふ人に仕へて勤むるほかなし

「石川さんに配達してもらいたい」先様の指名はおだてと思へどうれし

減車候補にあがりし友を慰めて既に我に安堵感あり

若きらの意見を上にとりつげどおだてに乗るなと相手にされず

指示命令に従ひ勤めしわが一生命じて人を苦しめたるなし

勇気ある提案と若者をねぎらへど上にとりつぐわが勇気なし

とことん要求して駄目なら辞めるといふ君ら我を誘ふか脅迫するのか

わが不始末は不問とされぬ人減らしすすみて人の足らざる今は

      監視カメラ

無人倉庫にトラック乗り入れ納品す監視カメラに監視をされて

わが姿を追ひて角度を変へてゐる監視カメラを横目に見て行く

時刻表めくりてせめて楽しまむどうせ旅行に行くゆとりなし

横向きのままにひと言いはれたり「次回の減車は君が対象」

出づるべしされど装ふ服がない年がら年中作業服着て

配達に通ひ慣れたる高速道時速百キロの中の退屈

売り言葉に買ひ言葉にて言ひ切りぬ戻りきて密かに書類確かむ

      最 上

冷害を助けられたるタイ米を白鳥の餌に捨てる如く撒く

白き山淀みに写る最上川動悸聞ゆるほどの静かさ

雪囲ひしてまもる茂吉の墓見れば吾は令祐さんの墓所さへ知らず

背丈越す積雪の中の乗船寺杉花さへも色あたたかし

紅花染の染液に浮く蛾のむくろ朱に染まりて羽みずみずし

雪と雪がこすれる音して降ると言ひその時来よとくり返す君

月山と蔵王の山を見はるかす雪野の真中に立ちたり我は

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