● 「塔」に発表した歌 (平成18年)
◆ 「塔」06(18)1月号
配達を終りて帰る丘の街道はまっ直ぐ川まで下る
一番電車の過ぎたる踏切わが渡る配達急がむ霧の道先
いち日にこんなに伸びるか彼岸花地蔵の背丈を今朝越えてゐる
高枝にひとつ残れる熟れ柿は如何なる時に落ちるにあらむ
残る生に起りうる事あり得ぬ事空想仕分けて無しに片寄る
◆ 「塔」06(18)2月号
満月に向かひて新聞配る坂この坂のぼれば配達終る
月かげに今朝は明るき階段を新聞抱へ駆け上がりたり
バイクのエンジン澄みたる音に今朝響き新聞配る町空気冴ゆ
左靴の底が左へ片減りす老いて体の傾く証
傾ける老躯に宿りたるゆゑに心も傾く吾かと思ふ
左利きを右に直されたるゆゑに一生われの書く文字拙し
かつての如く時計を早めて会ひにゆく 店は昔のままあるといふ
◆ 「塔」06(18)3月号
月の夜はゆっくりのんびり配達す満月見上げて街見下ろして
新聞を配りながらのぼる坂夜の明け初めて霜のかがやく
今日からは街道沿ひの配達区反射テープをバイクに貼り足す
天井の低き部屋に待たされてはや結論を得たる思ひす
大型街宣車の楽騒がしき街にして国乱れるか治まってゐるか
◆ 「塔」06(18)4月号 「作品2」
「また雪か」ひと声つぶやき配達に出でゆきし君還暦近し
雪起しの風に挑みて配りゆく風にぱさつく新聞折りつつ
雪積もる今朝は新聞抱きかかへ歩いて配る歩いても滑る
新聞を配る朝々渡る橋今朝擬宝珠に雪の載りゐる
降る雪が眼に入り走りえずバイクを押して新聞くばる
ジグザグにバイクを揺らし戯れて配達帰りの野の道をゆく
◆ 「塔」06(18)5月号
油膜のやうな月の暈ありあたたかし今朝はゆっくり新聞配る
坂の上の月をめがけて上りゆく道の家々に新聞置きつつ
月の暈今夜ふた重に懸かりをり内の輪ことに色あたたかし
北斗七星の形に道を辿りつつ朝刊配る星空の下
丘の街に配達終りて見放つは雪野に黒き川の一筋
雪に滑る足を踏みしめ踏みしめて新聞くばりし我が足の跡
そんなはずはないと疑ひ聞き返す三度目問ひて一喝されたり
迫り来るあの雲の下は雨ならむ雲に負けじと配達急ぐ
◆ 「塔」06(18)6月号
この春初めて溝に羽虫のわき出でて新聞配るわが顔を打つ
大仏の爪先かと見る細き月明け初めし空に光うするる
庭の日に俎板干されあたたかし媼に声かけ夕刊手渡す
磨り減りしタイヤ取り替へ新聞を配るバイクの今朝よく弾む
前照灯の光を霧に突き刺して未明の街を新聞配る
雪解けぬ今朝あたたかし月もよし今年も勤めむ新聞配達
◆ 「塔」06(18)7月号
満月の月の面に見ゆる影新聞配る我かと思ふ
日に日々に夜明け早まり配達の足元明るき四月となりぬ
わが庭にしばし鳴きたる鶯の隣家に移りひもすがら鳴く
サンルーフを開けて星を数へあふ流れし星には相声あげき
点止めにて続く言葉をしばしば待ち今日の代筆いたく疲れぬ
千円からお預かりしまぁすといふ声も今は聞き慣れ釣銭を待つ
◆ 「塔」06(18)8月号
トランペットを習ふ少年対岸の川原にいきいき音吹き鳴らす
老い初めし妻を労り来たる旅病む子を忘れて時計外して
新聞配る吾に防寒着買ひくれぬ労りくれしか働けといふか
建て替へし新官邸より国民に貧に痛みに堪へろと言ひき
その治世五年に貧者増えたりと一行のみを記せば足りむ
隊列から仲間の屍引きずり出し蟻の荷運び滞りなし
◆ 「塔」06(18)9月号
もう少し先まで配りてひと休みと思ひ思ひて休まず終へぬ
霧に湿る新聞かばひつつ配り今朝わが体いたく疲れぬ
鶯の声を見上げてひと休み夕刊配る山里の道
この角を曲れば川まで下る坂涼しき風の吹きあがり来る
一段飛ばしに階段駆けて上がりたり配達最後のアパート三階
牛蛙をバイクの轍で踏みたれど今朝の配達滞りなし
◆ 「塔」06(18)10月号
女らが井戸端会議のその角を愛想笑ひして夕刊配る
夕刊を配る戸口に日の差して通り過ぎたる夕立匂ふ
牛乳配る君と朝々出会ふ角今朝は吾より声かけ曲る
折りこみチラシを折りこみ折りこみまた焦る老いたる吾のみ作業遅れぬ
試読紙を入れ置く四日目今朝函にお断りの張り紙されたり
湯に遊びよろこぶ老いし妻あれば汝をまもりてゆかむと思ふ
◆ 「塔」06(18)11月号
右回りに配るか左かあの村をひと回りすれば配達終る
右へ左へ道を横切り配達すときには歩道をバイク走らせて
蒸し暑き街を新聞配りきて川渡るとき水の匂ひす
懐中電灯に照らして新聞置きにゆく広き庭の踏石伝ひて
カーブミラーに新聞配るわが姿写るこの角背を伸ばし過ぐ
鉄橋なれど木橋にせむか石橋か短歌に詠むとき少し偽る
髪刈りて頭は軽し風涼しヘルメット脱ぎて新聞配る
◆ 「塔」06(18)12月号
台風の過ぎたる後の朝光に配る新聞ことさら白し
配達にゆかむと通る竹林竹の葉が散る日の光散る
逃げ出しし豚を捜すと人々の騒ぐを後にし夕刊配る
饂飩打つ音の聞える君の店新聞置くとき饂飩の匂ふ
新聞配達もつらくなりたり一年に二つも三つも歳とる感じす
毎朝毎朝蜘蛛の巣はらひぬ蜘蛛と吾と根競べして夏過ぎにけり
赤バイクの君と道に立ち話郵便もアルバイトが配る世と聞く
流星群を見たしと見遣る暗闇を声しぼり鳴き行く鳥のあり