● 「塔」に発表した歌 (平成19年) 

◆ 塔 07.1月号

   この家の飼猫夜な夜な徘徊し新聞配る吾にじゃれつく

   血圧の高まりて倦怠感あれど行かねばならず新聞配達

   のぼりながら配りゆかむか丘の街気分を変へて今朝逆回り

   配り終へ朝からビールを飲むうまし眠る妻を起こさぬやうに

   右ひだり前にとわが影目まぐるし影と戯れ新聞配る

   霧の中に浮いてるやうな橋渡り新聞配るは天飛ぶごとし


◆ 塔 07.2月号

   目に力がないと言はれて黙したり嘘は妻に見ぬかれてゐる

   網戸外し簾しまひし部屋のうち乾く秋風吹き抜けてゆく

   稲架に架け稲を干す村朝寒し新聞配れば庭鶏の鳴く

   選挙カーを追ひぬきし吾に新聞配達ご苦労様でぇすとスピーカーの大声

   立候補者の家は鎮まり眠り深し選挙カーの道に置かれて

   水平線に粘りつきゐし太陽が引っ張り出されて輝き始む

   新台入替の幟はためくパチンコ店配達終りて行かむと思ふ




◆ 塔 07.3月号

   投げ返すやうに返され退きさがる試読紙さへも見てはもらへず

   夕刊は少し身綺麗にして配る昼間は人に逢ふ言葉も交す

   目覚まし時計のやうな耳鳴りまた出でて頭振り振り新聞配る

   風強き橋を渡るとヘルメットの紐締め直しバイク乗り出す

   子規に向けて光りたりしはどの星か星空見上げて新聞配る

   流れ星の光の残像ありて目を見開き見開き朝刊配る



◆ 塔 07.4月号

   昨夜より丸み帯びたる月明かし新聞配りて今年も勤めむ

   窓開けてご苦労さまと言ひくれる人の住む家角の向かうは

   常吠えぬ犬にあちこち吠えられて朝刊配る地震のあとを

   信楽の狸の頭をひと撫でし朝々ここにて配達終る

   本堂に朝事の火影うごく寺頭を垂れて新聞届ける

   仏壇の花に寄り来し蜜蜂を冬日の庭に放ちてやりぬ



◆ 塔 07.5月号

   年上の一人が辞めゆきこの日頃にはかに老けたる思ひに働く

   配達の終りに近しと気を緩め最後の一軒入れ忘れたり

   寒といふのに暖かすぎる日差あり鳶なく村を夕刊配る

   暗闇の空に無数のピンホール天国の青き光差し入る

   一人くらい吾に似る人あらむかと見下ろす駅前朝の雑踏



◆ 塔 07.6月号

   痛む膝を庇ひかばひて配達し遅れに焦りて常より疲れぬ

   誇張してうしろめたき報告書束より抜き出し持ち行かれたり

   もっと早く配れ配れとわが影が右になり左になり配達急かす

   川原に下りて小石を投げてみむ長年石など投げたることなし

   子どもらの遊ぶ川原に母親のその子を呼ぶ声 亡き母恋し

   窓深き部屋の日差に素足さらしまどろむ夕刊配りに出るまで

   雷去りし光のなかに鉄塔を組まむと人らの昇り始めぬ

◆ 塔 07.7月号

   風邪熱の悪寒に耐へて乗るバイク右へ右へと寄りゆく危なし

   新聞を配る勤めもこれまでか熱ある今朝は心落ちこむ

   戦後貧しく育ちたりにき風邪ひけば甘き生姜湯を飲んで耐へにき

   積雪に滑らぬやうに配りきてこむらがへりに苦しむ今朝は

   背の骨の歪みを正すと牽引され心も直くなりゆく思ひす



◆ 塔 07.8月号

   湯浴む湯にさざ波たたせて月光のきらめく色を愉しむ吾は

   タオル巻き湯舟に入りゆく妻のあと少しためらひ入りゆく吾も

   秘境の宿といへど液晶大画面お笑ひ芸人われを笑はす

   巣の下の糞に汚れし新聞は昨日我の配りたりしもの

   よき歌とよろしき歌の違ひなど考へてゐてはやしこの午後




◆ 塔 07.9月号

    ひとときを幼き孫らと遊びたり動き遅しと叱られながら

    朝光を包むやうに折り曲げて配る新聞手触りぬくし

    この家を幸せにする記事あれと今朝も分厚き新聞差しこむ

    門の灯と街灯にわが影ふたつ右前の影太く短し

    受函の前に鉢花飾られて蜘蛛の巣かかるは配達しにくし

    夕立の後の日差に紫陽花の華やぐ家々配達してゆく

    髪刈りて店を出でたる午後の街他紙ははやばや夕刊配りをり



 ◆ 塔07.10月号

    紫陽花の今年も花咲く此処の家住む人替りて新聞読まれず

    縦にして入れよと言はれ入れおけば夜露に濡れしと小言をくらふ

    陰ながら見護るなんて盗み見をされてるやうで薄気味わるし

    婚礼の宴過ぎたる君の庭寿司桶干されて空晴れ渡る

    風通ふ部屋に昼寝の妻と猫ふて寝する気か心当りあり

    候補者が拳振り上げゐる写真折り曲げ折り曲げ新聞配る



 ◆ 塔07.11月号

    このヤモリしばしば受箱にへばりつき新聞配る吾を脅かす

    配達の終ればビールをひと飲みし深々眠らむ朝はや暑し

    ふらふらふらふらからうじてバイクを走らせる荷台に前籠に新聞積んで

    配達すすめば荷台の軽くなるバイク配達すすみて運転荒し

    蚊遣香の匂ひ洩れたち静かなりこの家の主退院されたらし

    暑し暑し夕刊配りつつ渡る川涼風ありて水の匂ふも

 ◆ 塔07.12月号 作品2 真中朋久選 

    そこだけに雲間の光たち耀けり今から夕刊配りにゆく村

    わがバイクの明りを頼りに来しならむ流星そこらに落ちゐる感じす

    人目を忍んで女に逢ひたる経験は終になきまま一生終らむ

    蝕すみし月の光の清しきに月に向ひてムササビの飛ぶ

● 今年は心身ともに不調の一年であった。特に後半は作歌もままならぬ状態であったが、

作り溜めてあったものから間に合わせて、かろうじて欠詠だけはしなくて済んだ。

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