● 「塔」に発表した歌 (平成20年) 


塔 08 平成20年 1月号


前籠に荷台に新聞積上げてふらふらふらふらバイク走らす

    暗闇の庭の深きにポストあり薔薇に刺されて新聞置きにゆく

    配達先にて貰ひし飴玉舐めながら柿実る村を夕刊配る

    今しばし新聞配りて働かむ八種類の薬を朝夕飲み分けて

    ひと村を配り終りて次ぎへゆく月光明るき彼岸花の土手 

◆ 塔08.2月号 

 この角のマンホールの蓋踏めば鳴る踏んではならず寝静まる街

  北斗星の杓にすくはれし飛行機の灯り瞬き高度下げゆく

  月光に瓦屋根の光る街しはぶきながら新聞配る

  二ヵ月に八キロ痩せたるわが体風に吹かれて新聞配る

  ガソリンもタイヤに空気も入れて置く必ず明日の朝も勤めむ

  息子の代にて絶へなむ我が家の血筋の事も病みつつ配る今の雑念

 

◆ 塔08.3月号



  右から右から霙に打たれて配達し店に帰れば右頬ほてる

  隣の庭に去年こぼれたるヒマハリの芽吹きて間なく抜き捨てられぬ

  子を育て古びて雨漏りするわが家来たりし孫の汚しと言ふ

  冬うれし蜘蛛の巣顔に障るなし羽虫わが目に入る事もなし

  挨拶くらゐ返して損にはなるまいに他紙配達員顔そむけゆく



◆ 塔08.4月号



  過ちて田に落ち雨に打たれしと配達員の死の記事短かし

  配達員君の死にゐし休耕田路肩のロープはや除けられぬ

  熱のある体を励まし配達し田圃に落ちて死にたる哀れ

  道際の草生に置かれし花束も霜に見分かず事故死の跡は

  ただひとつ置かれし花も霜枯れて続く花なし事故の現場は

  庭花を褒めたる隣は犬を褒め声明るくして夕刊くばる

 

◆ 08.5月号



   休みたかりしが願ひゑぬまま欠勤者の代務をしてゐる熱あるわれは

   橋上にバイクを止めて眺めたり円かなる月水に映る月

   縛り上げられごみの山に積まれしは毎朝われの配りし新聞

   歳より若く見えると云はれその後は夕刊配る足取り軽し

   ブレーキを踏むなハンドル動かすな体かたくして凍てし橋の上

   子供らのシャボン玉が目に沁みる夕刊配る山里の道




◆ 08.6月号


   息を殺して野焼きの煙を走り抜け次の村へと配達急ぐ

   野焼きの煙に墨絵のごとき遠き村夕刊配りにわが急ぐ村

   水溜の氷りて月に光りをりその月光を踏み割り配る

   日の差して蒸気立ちのぼる雨の道傘振り回して児童ら帰る

   また一人病みて長く休むといふ吾が退き時を考へゐる時

   バイクの音雪に吸はれて静かなり雪降りやみし雪明りの街



◆ 08.7月号

口笛吹いて楽しさうな新聞屋さんと立ち話の婦人らに呼び止められぬ

   自動販売機の明りにかざして確める配達休止の小さき指示書

   おかげさんで今朝も配達してゐます新聞抱へて階段駆けて

   少し右へも少し右へと声発し妻を撮りたり桜の土手に

   ゆらゆらゆらゆら陽炎の中を来る人はわが妻ならむその歩き方

   黒々と焼き払はれし堤防の角ばりて見ゆおぼろ月夜に

   鉢の花美しけれど受函の前に置かれて新聞届かず

 

◆ 08 8月号



   配っても配っても荷台の新聞の減らぬ感じす疲れし今朝は

   人間を恐れず猫の眠る路地バイクを止めて歩いて配る

   今年も桜を見に来なかったねと君の文桜の花びら折り込まれてあり

   桜の花散り敷く道に雨降りてバイクが滑る歩いても滑る

   ありのまま報告したれど告げ口をしたるやうで後味悪し

   降り出す前に配り終へむと急ぐ街雨匂ふ風吹き始めたり



◆ 08 9月号



   階段を踏み損なひて転げ落ちし老いの不様は闇のみが知る

   俄雨の止むまで待てるわけもなし走り出したり新聞抱へて

   デジタルテレビは番組表が見えるから新聞要らぬと断られたり

   診察室の窓点りゐて朝刊を届ける医院戸口開いてる

   老いたれば酔ひ潰れるほどわが呑まず酔ふまで呑むなと叱りし母亡し

   声張りて凧揚げてゐし父と子の去りて砂浜夕凪となる

   景気後退は折込チラシを減らしめて配達早く終る日つづく

◆ 塔08.10月号


   乳首のやうな呼び鈴押して声を待つ監視カメラに笑顔をつくりて

   佇んでをりたる男女も既に去り川上の橋ともし火点る

   筆算を忘るるほどに計算機に慣れし暮しと今更に知る

   なにか悩みはないかと何度も問ふ医師に薬を一種ふやされ帰る

   おぢいちゃんの歯はいつ生へると孫の問ふ乳歯の抜けし口せなが

   くもるガラスを拭きつつ急ぎ運転す間に合はざれば雨の所為にせむ

◆ 塔08.11月号



   俺はまだ若いよと若者に言ひ捨てて第一番に配達に出づ

   信号に差しかかるころ青になる走り方ありこの下り坂

   風に向かひ帰るは涼し朝明けて刈草匂ふ村境の土手

   バイクに乗るわが影新聞配る影老いてまだまだ若々しき影

   水溜りの水に濡れたるズック靴冷や冷や涼し夕刊配る

   右の影は吾が影左は君の影新聞積んで並んで走る




◆ 塔08.12月号

 

   雨に濡れし新聞持ち帰り叱られぬ新米君と老いぼれ吾と

   廃屋にあらざる頃は朝夕に新聞届けしと先輩ゆび差す

   ブランコを大きく漕いでみる愉し両脚伸ばして夕日蹴飛ばして

   首相退陣の白抜き見出し幻影となりてちらつく配達のあと

   稲刈りて稲藁匂ふ山の里遊ぶ幼を呼ぶ母の声

   すでにして日差秋めくわが街に瓦葺く音朝より響く

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