● 「塔」に発表した歌、その受評など (平成21年)
◆ 塔 09.4月号
その齢でまだ働くかわが声に嘲ひ嘲はれ配達す今朝も
「あったかですね」言葉をかけて手渡しす日向の縁にまどろむ媼に
配達ロボットの気分してメールを差し入れる高層住宅の集合ポスト
同感ですと云ひて切れたる君の電話どこまで理解されしや否や
諦めむ諦めきれずまたも読む君の手紙を今度は声に出して
◆ 塔 09.5月号
月の夜をわれに先立つわが影とポストへ楽しき手紙出しに行く
湯上りのほとめき放ちてわがうしろにパソコン画面を覗き見る妻
ベッドなんて万年床と同じだと酔ふたふりしてからみやりたり
縁側に呼ばれて焼餅振舞はれさらに遅れし配達急ぐ
縁側に日差を透す氷糖のプリズムに似る光を拡ぐ
椅子の上に正座し食事を待ちをりき老いたる日々の母にわが似る
◆ 塔 09.6月号
バーコードを読み取るセンサーの作動音幻聴となり今夜眠れず
朝刊は追ひ風メールは向かひ風今日配達して渡るこの橋
硬き心をほぐせ開けと照り返す白より白き雪の輝き
背後から雪雲迫る山の村配達急げば汗流れ落つ
詫び方の誰より巧しとおだてられ同僚の誤配をまた詫びにゆく
◆ 塔 09.7月号
配り忘れて戻りゆけば常見ざる逆向きの街に夕映え明し
なんとなく聞こえたやうな細き音流れた星の音かもしれず
豆腐売る移動車の笛遠のきてしぐれ降る村硫黄の匂ふ
湯けむりの中に朧に咲く椿ひとつふたつは湯の上に浮く
営業ナンバーをとらむと心漲りしは十日ほどのことはや心萎ゆ
風の音空の高きに移りしと気づくは配達帰りの余裕
◆ 塔 09.8月号
風絶へて月光明るき山の里ぼたん桜の音たてて散る
幾らにもならずと妻の嘲へども配達は楽し時が早く過ぐ
水田に浮く月空に白き月月を眺めて朝刊くばる
たるみたる頬が視野にあり煩はし読み始めてまた頁を閉ざす
電話のみに知る君の声その声も近頃とみに老いたりと思ふ
雨に濡れ風にのたうつ鯉のぼりの悲鳴の如し雷鳴迫る
◆ 塔 09.9月号
うとましく栗花匂ふ村を過ぎまた村を過ぎ配達してゆく
桜の花散り積もる道やはらかしそっと踏み来しわが靴の跡
堪へかねて言ひたる我は堪へかねし君に激しく言ひ返されぬ
左折しつつなにか轢きたる感触あり雀が一羽潰れてゐたり
僕にはどうでもいい事だよと言ひ捨てて電話切りたし切る勇気なし
エゴの咲く直なる道を従ひきその君世に亡しアララギもなし
◆ 塔 09.10月号
この妻と共に過ごす一生かと嘆きたりしは言はず越えきぬ
ひとつ湯舟に浸かるも久しき妻と吾「極楽 極楽」共に老いたり
自由に意見を言へと促され言ひたりき結局そのあと疎まれきたり
朝刊を配りにゆく村明け初めて稲田の匂ひす水の匂ひす
◆ 塔 09.11月号
疲れたりされど一気に配りゆかむ政治家事務所の封筒五百
梅雨明けて開け放ちたるわが家を風吹き抜ける蝶飛びぬける
家々に梅干を干す匂ひたち日差眩しき梅雨明けの村
梅雨明けの日差に梅を干す農家声かけ声かけメールを配る
歯石をとり歯裏つるつるして愉し鼻歌洩らしてメールを配る
人に出遭へば笑顔を作りて配達す今朝は風邪の治りし笑顔
◆ 塔 09.12月号
満月をかすめて飛行雲伸びる下手もと明るく新聞配る
取っても取っても政権交代の大見出朝刊配るこの朝楽し
収穫に忙しき村の細き道吾はのんびり配達すればよし
脚が引き攣る手指も引き攣る早朝より新聞メール配りすぎたり
働きすぎと妻に叱られ明日配るメール減らして欲しと電話す
雨晴れて俄に低く差す夕日光を押しのけバイク走らす
◎ 終 戻る
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