歌集【無焔火】web版

 昭61・62・63 年

         ロボット

やうやくに煉瓦降ろししトラックの下に呆けし猫が寝そべる

赤き鉄を吐きてとどろく炉の後湯玉よけつつ煉瓦積みあぐ

家に神棚まつらぬ我もトラックに注連縄飾りて初荷を運ぶ

茣蓙拡げトラックの荷台で将棋さし友と積付けの順番を待つ

火事に遇ひし三日目はやくも出勤し口数少なく鋳型を込む君

鉄を汲むロボットは常に決まりたる位置に角度に湯玉を飛ばす

熔けし鉄を注ぐロボット腕あげて反転する時その腕光る

乾きくる空気に狂ふロボットは熔けたる鉄をこぼしつつ注ぐ

熔けし鉄のこびり着きたる太き腕傾けロボットは鉄を鋳流す

煉瓦載せ一輪車押す鋳込場に爆けし湯玉ヘルメットを打つ

     ○○○ 

ベントナイトを担ぎ次々運ぶ我が首筋の汗粘り帯びきぬ

火葬炉の改修煉瓦六百丁群れ咲く彼岸花の中に降ろしぬ

窓の光夕焼けて次第に深く差し倉庫の煉瓦あたたかく見ゆ

居残りしてひとりトラックに積む煉瓦握力弱りてしばしば落す

浜名湖で夜は明けたりなほライト点けて走らむ霧晴れるまで

この人に好かれむとして言ひなりになりきて結局軽んじられてゐる

人去りし机に緊張ほぐれつつ持ちゐるペンの湿るに気付く

荷台よりはみ出す砲身に覆ひして演習帰りのトラック続く

黒人霊歌流るるラジオの音をあげ納品済まししトラック走らす

爪剥がれし足を庇ひて運転し夕べはいたくその足ふくるる

煉瓦納め出でこし工場のキューポラが日暮れし空に火の粉あげをり

風いでて夜霧薄るる町屋川キューポラの火に水の明るむ

鋳込場に試し打ちする鐘の音煉瓦積む手を休め聞き入る

おびただしくフロントガラスに蛾の当り蒸す夜は寂し国道一号

若者に配達の地図書き示し運転手に終るわが生を思ふ

官庁が週休二日となりし世に日曜日も配達に行く夜明け前から

配達より帰れば次の配達ありただ繰返し勤めし二十年

42‐41(死によい)と人らの嫌ふ番号を付けしトラックに乗りて働く

 夢の母

夢の母モンペを穿きてうら若く銀紙に包み鶏焼きてゐき

病む肝に効くとぞ聞けば疑はず酢漬けのアロエも母は食べにき

わが運勢を易者に尋ねに行きたりし母は帰りてもの言はざりき

安堵して逝きたる母とは思へぬに迷ひて夢に出づることもなし

酒を好み血圧高く急死せし祖父にも父にもわが貌の似る

燐寸の軸を溜めて楊枝に使ひゐしつましき父の酒やめざりき

金絶ゆれば無縁仏と見なされて隣の墓石は取り除けられぬ

盆休みの当直終り仏壇に線香あげて夕べくつろぐ

        答志島

出漁船に白米を撒き祈りたる後も佇み見送る媼

朝光の差し入る浜小屋積まれたる網に三和土に鱗のひかる

加工場のトロ箱の中に尾鰭打つ生きゐるハギを忘れかねゐつ

        越中五箇山

憚らず煙草をふかす女高生に気づかぬふりしてバス待つ吾は

帰り来し燕の数を確かめて主は母屋の雨戸を閉ざす

自然石積みし畦垣水にじみ鬼百合咲ける相倉の村

仕舞ひ忘れし軒の鳥籠夜の雨に体寄せあひ二羽眠りをり

        明日香村

暮れ残る雷丘の竹群さへはやたのめなし迷ひつつ来て

釦作る貝の切粉に白濁し細し浅し飛鳥の川は

刈り跡の田に差す光あたたかく御陵の道に落栗拾ふ

土嚢積み堤の高きところより流れの会ひて濁る飛鳥川

返り見る多武の峯に日の差して藤の莢実は風に揺れゐつ

朝明けの空気冷たき飛鳥川音色異なる梵鐘ひびく

稲架の稲棚田に匂ひみ陵をまもりてのどか忍阪村は

         〇 

娶らむと決めてただ一度書き遣りし手紙を妻は今も持つらし

わが机の欠けし湯呑に茶を注ぎ熱ある妻は先に寝にゆく

稲架に干す稲の連なる輪中堤羽根ひからせて蝗跳び交ふ

駅のベンチにありし一円貨幣をば払ひ落して人腰掛けぬ

老いし歌病む歌朝より読みつづけ老は罪かと錯覚するなり

捨鉢な気持ちに落込む時ありてそんな今日叔母の訃報届きぬ

ボロの蒲団に裸でい寝て育ちしは吾とわが子と二代かはらず

        奥志摩

木の札を叩き合せて鯛を競る混るハコフグ蹴飛ばしながら

三隻づつ組みて網曳く沖の船向き変ふる時汽笛を鳴らす

尾を切りし冷凍鮪の並べられ蒸気あがりをり射しくる朝日に

トロ箱のメバルを人らうち囲み指をたて声あげ競り始めたり

        金沢にて

手を汚し蟹食ふ夜の香林坊雪降り雷鳴り稲妻激し

櫓下の濠にかたまる鴨の群降る雪の中に鳴かず動かず

桜橋も川原の焚火も降る雪にかすむ寂しき犀川の朝

積む雪に朝の犀川水黒く岸辺の寺に拍子木ひびく

石塀を巡らせ静かな武家屋敷中に豊かに水引き入れて

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